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横浜地方裁判所 平成3年(ワ)3506号 判決

原告

生駒貞子(X1)

原告

生駒勇美(X2)

原告

生駒秀治(X3)

右三名訴訟代理人弁護士

飯田伸一

芳野直子

被告

横浜市(Y2)

右代表者市長

高秀秀信

被告

荒井進(Y1)

右両名訴訟代理人弁護士

塩田省吾

被告

国(Y3)

右代表者法務大臣

中井洽

右指定代理人

新堀敏彦

斉藤明良

中村登

近藤晃

中澤彰

平野信博

白井隆三

黒崎康平

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  前記第二の一の各事実に証拠及び弁論の全趣旨を併せると次の各事実(前記争いのない事実を含む。)が認められ、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は、右認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  市民病院に入院後南横浜病院に転院するまでの経緯

(一)  政明は、市民病院整形外科個室に入院した平成元年五月六日以降、主治医の中澤明尋及び小見渕両医師の下、癌検査の傍ら骨粗鬆症に対する投薬治療等を並行して受けていたが、同月一二日から、咳痰が出始めるとともに咽頭痛を訴えるなどしたため、担当医は肺炎、肺結核、肺癌を疑い、同月一八日、胸部レントゲン検査及び同人の喀痰を検体とする結核菌検査(塗抹検査)を行った。その塗抹検査により、結核の可能性を示す抗酸菌陽性、菌数ガフキー五号との結果が出た。右検体については、直ちに検査室にナイアシンテスト(抗酸菌は定型、非定型に分類されるが、結核菌は定型であって、これを鑑別して結核と断定するための試験)が依頼された。(〔証拠略〕)

(二)  市民病院整形外科(岩下医師)は、翌一九日結核の専門科である内科に政明の診断を求める手続を取った。中澤医師は、同日午前一〇時、政明に対し、喀痰を検査したところ結核の疑いがある抗酸菌が出ており、医師及び看護婦は予防のためにガウン及びマスクを使用する旨並びにまだ肺結核と断定できないが、現在内科に診断を求めているのでその結果によっては転院することになるかもしれない旨説明し、午後来院した原告貞子及び同勇美に対しても同様の説明をした。なお、同日、再度行われた塗抹検査の結果は陰性であった。(〔証拠略〕)

(三)  被告荒井医師は、右同月一九日午前中に整形外科(岩下医師)から政明につき結核について病状診断を行うよう依頼を受け、一般外来診察が終了した午後三時過ぎころ、政明の聴打診をし、更に同人の喀痰の検査報告、カルテ、レントゲン写真、看護日誌等の資料を検討するなどしたところ、レントゲン写真によると、左上肺野の一部に空洞を疑わせる淡い陰影が認められ、しかも五月一五日の写真よりも同月一八日の写真の方がはっきり進行していること、塗抹検査の結果が陽性で顕微鏡検査では定型(結核菌)を強く疑わせること、血沈の亢進も認められ、咳痰の症状もあったことから、政明につき、進行性の肺結核である疑いが極めて強い旨の診断をした。

なお、前記ナイアシンテストの結果が得られるまでには、数週間を要し、非定型抗酸菌症の発生頻度は極めて低いから、塗抹検査の結果が陽性であれば、結核であることが強く疑われる。喀痰塗抹検査の結果が陽性となるのは、喀痰一ミリリットル中におよそ七〇〇〇個以上の結核菌がある場合であると考えられていることから、塗抹検査で陽性となる患者は、培養検査で初めて陽性となる患者よりも排菌量がはるかに多く、感染の危険性が高い。したがって、喀痰塗抹検査の結果が陽性の患者は、多量排菌者として、早期に結核専門病院に転院させるのが通常である。しかも、結核は、今日死亡率は極めて低いものの、伝染病であるから、一般病棟においては院内感染のおそれがある。(〔証拠略〕)

(四)  市民病院整形外科医局は、被告荒井医師の診断結果の報告を受け、翌二〇日朝、政明を結核専門病院である南横浜病院に転院させることを決定したが、同日、政明の主治医である中澤及び小見渕両医師が不在であったため、先に政明を診断した被告荒井医師に対し、南横浜病院に対する転院手続並びに政明やその家族に対する事態の説明を依頼した。被告荒井は、これを受け、南横浜病院に電話し、同病院の医師に対し、市民病院整形外科において結核の罹患が疑われる患者が出たので転院させてほしい旨告げたところ、南横浜病院側は、月曜日の外来に来てくれないかと言って、同日の転院に難色を示したものの、被告荒井が院内感染のおそれがあることをも含めて説明したところ、結局は転院を承諾した。なお、同日も政明について塗抹検査が行われ、結果は陽性(ガフキー二号)であった。(〔証拠略〕)

(五)  被告荒井は、転院決定の電話連絡を受けて、同日午前一〇時ころ、来院した原告勇美及び政明の次女岩田に対し、政明は結核に罹患している疑いが強く、市民病院には隔離病棟がなく、院内感染の恐れもあるので転院させたい旨説明した。こうして、政明は、同日午前一一時五〇分ころ、南横浜病院が差し向けた車で原告勇美らに付き添われて転院した。その際、政明は、当日の整形外科の当直医だった大久保俊彦医師が作成した南横浜病院あての紹介状一通及び胸部レントゲン写真一枚(同月一八日撮影)を持参したが、右紹介状には、昭和六三年に政明が白内障手術を受けた旨の事実に反する記載を含め、「第三、五腰椎圧迫骨折にて五月六日当科入院。安静、投薬(アルファロール、乳酸カルシウム)してきた患者です。骨粗鬆症も強く、エルシトニン注射追加しておりましたが、咳、タンが続くため、検査してガフキー五号という事でした。圧迫骨折に関しては、通常受傷後四週間でコルセット装着後、歩行可とする予定でしたが、骨萎縮も強く高齢のため、他の要因による骨破壊も考慮すべきかという段階です。神経症状マイナスで、骨結合の経過をみております。既往症では、胃癌、胃切除を昭和五六年に施行しております。他に昭和六一年に帯状包疹、昭和六三年に白内障手術施行。」と記載されていた。(〔証拠略〕)

2  南横浜病院入院後死亡するまでの経緯

(一)  政明は、平成元年五月二〇日午後〇時過ぎころ、南横浜病院に到着して直ちに結核病棟に入院し、付添いの原告勇美及び岩田に対し、当直医松村濱雄医師による入院カウンセリングが行われた。

政明は、同日、昼食は食欲がないとして副食を約三分の一量摂取したものの、主食は全く食べなかつた。夕食はほぼ全量を摂取し、時々咳嗽があったが、痛みもなく、顔色も良好であった。そして、同日行われた体温測定、脈拍測定、血圧検査等の結果は、いずれも平常値で特に異常は認められなかった。(〔証拠略〕)

(二)  松村医師は、政明が市民病院から持参したレントゲン写真によって同人の左上肺野に異常影が見られたことから、肺結核、肺癌等を疑い、同月二二日、政明に対し、生化学検査、血液検査、免疫血清検査、心電図検査、尿検査を行うとともに、政明から座位にさせて自発的咳嗽により採取した喀痰を塗沫検査に付したところ、結果は陰性であった。また、翌二三日に行われた塗抹検査の結果も同様であった。(〔証拠略〕)

(三)  政明には結核の疑いの他、腰椎の圧迫骨折があった上、かつて胃癌による手術歴があったことから、五月二三日、一般外科及び呼吸器外科の専門医である山口医師が主治医に決定された。山口医師は、政明に対しては、喀痰塗沫培養検査を行い、耐性検査、非定型抗酸菌か定型抗酸菌かの鑑別を行い、速やかに治療を行うこと、胸部レントゲン写真を撮影して、市民病院から送付された写真との比較を行って治療に役立てること、市民病院からの紹介状に肺癌の可能性も示唆されていたことから、気管支ファイバースコープにより気管支粘膜の細胞を採取して肺癌、肺結核その他の呼吸器疾患との鑑別を行いつつ治療を行うとの方針を立てた。山口医師は、同日夕方政明の次女岩田と面接して右の治療方針を説明した上、結核と判明すれば治療に六か月以上要するかもしれないが、結核治療を終えた後、政明を市民病院へ帰す旨説明した。

次いで、山口医師は、翌二四日及び同月二六日、政明の喀痰を採取して塗抹検査に付したが、結果はいずれも陰性であった。また、同月二五日には、政明に対し胸部及び腰椎部のレントゲン写真撮影(各一回)を実施したところ、第三、第五腰椎圧迫骨折が認められるとともに、左上肺野に空洞が認められ、更に同月二七日にも胸部レントゲン写真撮影を実施した。なお、同医師は、同月二六日、参考資料として、市民病院に対し、転院時政明が持参した胸部レントゲン写真の撮影以前のレントゲン写真の送付を依頼し、同月三〇日、原告貞子、同勇美らに対し、レントゲン写真読影の結果、政明に肺結核の可能性がある旨、気管支ファイバースコープ検査を実施する予定であり、その後、結核治療を開始する旨、肺結核の治療が終了したら、政明を市民病院に帰す旨を説明した。(〔証拠略〕)

(四)  山口医師は、四回の塗抹検査の結果を受け、結核、肺癌その他肺疾患を鑑別するため、五月三一日午後二時四〇分ころから、政明に対し気管支ファイバースコープ検査を実施した。使用された気管支ファイバースコープは、オリンパス光学工業株式会社製のOEC気管支ファイバースコープBFタイプ一〇であり、外径六ミリメートルの軟性の管(先端部外径五・三ミリメートル)を患者の口から気管支内に挿入し、先端部に取り付けられた気管支鏡を用いて内部を観察し、写真を撮影し、あるいは気管支内から直接喀痰、細胞等の内容物を吸引、採取することができる医療器具である。山口医師は、気管支ファイバースコープの管を政明の口から気管支内に声門より約一〇ないし二〇センチメートル先まで挿入し、気管、気管分岐部、上葉と肺葉の分岐部及び肺上葉の入口部を観察した。肺上葉の入口部にはかなり濃い白い痰が固まりつくように付着しているのが認められ、左葉部は若干隆起した赤い病変が認められたので、検査材料として肉芽様組織の細胞、痰を採取した上、止血剤を注入して先端部を抜去し、検査を終了した。右の検査に要した時間三、四分程度で、五分はかからなかった。右の検査では、観察により肺に病巣があることが認められたが、結核菌は出ず、かえって癌の疑いがあるという判定が出された。なお、同日及び翌六月一日の塗抹検査の結果も陰性であった。

翌六月一日、山口医師は、肺のRI検査(ラジオアイソトープを静注して肺循環の局所変化を測定する検査で、患者に特に侵襲を与えるものでない。)を、同月三日腹部超音波検査(生体に無害な超音波を投射し、腹腔内の異常を鑑別する検査)を実施した。(〔証拠略〕)

(五)  政明は、それまで特に異常は認められなかったものの、六月一日ころから、声がかすれ会話が不明瞭になったり、活力をなくし、飲水するとむせることも多く、しばしば臀部痛、肛門痛を訴えるようになり、食事量も滅ったため点滴も行われていた。しかし、特に呼吸困難やチアノーゼはなく、飲水もしていたことから、誤嚥を起こすような徴候は見られなかった。高齢の入院患者は、入院期間が長期になると、痴呆症状が出たり、意欲や活力の乏しい状態となる傾向があり、山口医師は、政明の右のような状態も同種のものと考えていた。同月四日、原告勇美及び岩田は、看護婦に対し、政明に付添婦を付けたい旨申し入れたが、看護婦は、家人と看護婦で世話をすることになっており、付添婦は付けないことになつていると説明した。(〔証拠略〕)

(六)  六月五日午前七時三〇分、政明は、笠原看護婦が届けた朝食を食べると述べて坐位になった。政明は、笠原が自分で食べられないのであれば手伝う旨尋ねたところ、「自分で食べる。」と答えた。そこで、笠原は、粥を約半量にとり分け、かき混ぜて食べ易くし、副食と共にオーバーテーブル上に置いたところ、政明は、スプーンを持って食べ始めた。政明は、同四五分ころ、「水、水。」と繰り返し訴え、柳沢看護婦が「水ものが欲しいの。」「お茶を欲しいの。」と尋ねるとうなずいた。政明は、柳沢の介助により吸呑みを用いて茶及び味噌汁(汁のみ)を口に含んだ、飲み込んだ様子が見られないので、柳沢が「口の中のものを飲み込んで。」と促したところ、政明はこれを嚥下した。その際、特に苦痛の訴え及び表情はなかった。しかし、柳沢が、同五〇分ころ、内服薬を処置室から取って戻ってみると、政明は一点を凝視し、呼びかけにも反応しなかった。柳沢は、直ちにベッドを水平としながら肩枕にて気道を確保し、医師及び看護婦を呼んだ。

連絡を受けた青木美佐子看護婦長及び山口医師の下、心マッサージ、人工呼吸器の装着等心肺蘇生術が行われたが、政明の自発呼吸は停止し、結局、同人は、意識を回復しないまま、同日九時五〇分死亡した。

なお、右の心肺蘇生術に際し、気道吸引を頻回に行ったところ、白色あるいは淡黄色の水様物が吸引されたが、固形物の吸引はなかった。(〔証拠略〕)

(七)  その後、六月二四日、市民病院におけるナイアシンテスト(検体は、五月一八日、一九日及び二〇日に採取されたもの。)の結果が判明し、南横浜病院における同テストの結果もそのころ判明したが、いずれも結核菌につき陽性であり、政明が当時から既に結核に罹患していたことが確認された。(〔証拠略〕)

二1  争点1について

(一)  前記認定の各事実に、乙〔証拠略〕の結果を併せると、結核は、くしゃみ、咳を介した飛沫感染が主としておこり、乾燥して浮遊物となった飛塵感染をおこすこともある伝染病であって、その疑いがあれば隔離設備のある病院に転院を勧める必要があり、そのためにも患者にその旨説明しなければならないこと、結核が今日においては不治の病ではなく治療可能であり、死亡率も極めて低いことから、医療現場においては、通常患者に対する病名の告知が行われていることが認められるのであり、塗沫検査の結果や胸部レントゲン写真の所見などから、当時政明が結核に罹患している疑いが強かったことを考慮すると、政明が八四歳と高齢であったことを考慮に容れても、市民病院側が政明に対して行った病名の告知ないし説明が不当、不適切であったということはできない。

(二)  一般に医師は、より高度な医療水準を有する医療機関に患者の治療を求めるべきものと判断した場合には、転院先の医療機関に対して患者の状態等を説明して受入の承諾を得た上で適切な治療を受ける時機を逸しないよう適宜の時機及び方法により患者を転送すべきである。前記認定の事実によると、南横浜病院は国の設置する結核専門の病院であり、結核の治療については、市民病院よりも高度の医療水準にあるものと認められる。そして〔証拠略〕を併せると、結核は隔離の必要な伝染病(感染症)であること、一般病院においては隔離設備を特設していないため、厳重な患者隔離を実施することは事実上困難であること、市民病院にも右のような設備はなく、個室の使用、面会の制限、消毒の励行などの対策をとっても、院内感染を防止することができないことが認められる。ところで、政明は当時結核に羅患している菌陽性の肺結核患者(大量排菌者)であるとの強い疑いがあったのであり、一般病院において、伝染病である結核の院内感染を防止することが必要であることはいうまでもなく、結核と断定するためのナイアシンテストの結果は数週間を経ないと得られないことをも併せ考慮すると、政明が結核に罹患していると断定されてはいなかったものの、右のように肺結核の可能性が強く疑われた以上、同人が個室入院中であったとはいえ、隔離病棟とは異なるのであるから、一般病棟である市民病院において飛沫感染性のある結核の院内感染を防止するとともに、より高度の医療水準にある南横浜病院の治療を受けさせるために、政明を早期に転院させる必要があったものというべきである。また、前記一の1の(二)及び(五)に認定の市民病院側が政明やその家族に対してなした説明について、特に不適切な点は見当たらないし、転院時機及び方法を含め、他に不適切といえる措置を認めるに足る証拠もない。更に、仮に転院が政明の意思に反していたとしても、その必要性が存した以上、転院措置が不当になるものでもないし、転院先の南横浜病院において結局は政明の転院を受け入れ、当日当直医によって基礎的な検査や入院カウンセリングが行われている以上、同病院の受入体制が不備であったものともいえない。

以上のとおり、争点1に関する原告らの主張は、採用することができない。

2  争点2について

医師が患者を他の医療機関に転院させる場合には、患者が転院先の医療機関において適切な治療を受けることができるように、患者の容態、診療経過等を説明して右医療機関に対して求める診療行為の内容が分かるようにする注意義務があるというべきである。

これを本件についてみるに、市民病院が南横浜病院に対して引き継いだ資料は、前記認定のとおりの内容の紹介状とレントゲン写真一枚であり、主治医による説明もなかったが、右紹介状には政明の過去の病歴、特に胃癌で胃切除の手術を受けたことがあること、市民病院に入院した日にちと病名(第三、五腰椎圧迫骨折)及診療の経過と所見、塗抹検査の結核がガフキー五号の陽性であることが記載されており、また、被告荒井医師は転院の承諾を得る際に、政明が結核の疑いのある患者で、市民病院においては院内感染のおそれがあることを説明していることが認められる。そして、転院先の南横浜病院が結核専門の病院であることに結核が急性疾患ではなく、薬剤投与という化学療法を行うのが一般的とされる慢性疾患であることを併せ考慮すると、右の紹介状及びレントゲン写真に被告荒井医師の説明を併せれば、南横浜病院において適切な治療を行うために必要な政明に関する情報は提供されたものというべきである。なお、右紹介状には白内障手術の既往症があるとの誤った記載があったが、〔証拠略〕によると、白内障手術の既往症がある旨の記載が南横浜病院における治療には全く影響を与えなかったことが認められる。そうすると、政明の転院に伴い、市民病院側から南横浜病院に対する医療記録の引き継ぎ等に不適切な点があったとはいえない。

また、前記認定事実によると、市民病院における検査によって政明が結核に罹患している強い疑いが生じたものの、ナイアシンテストの結果は出ておらず、結核と断定するに至っていなかったのであるから、結核専門病院である南横浜病院としては、市民病院における検査結果が出るのを漫然と待つことはできないのであって、政明の疾病について的確な診断をするとともに、今後の治療方針を確立するため、手元に確実なデータを備え、今後の継続的な治療に役立てる必要から、たとえ同種の検査であっても独自の立場で検査を行うことが必要であったというべきである。このことは、市民病院から検査のデータが提供されていた場合でも同様である。しかも、市民病院及び南横浜病院において行われた同種の検査は、主に胸部レントゲン写真撮影及び結核菌検査であるところ、これらは患者に侵襲を加える性質のものとは認められないから、これらの検査の繰り返しによって政明が衰弱したという原告らの主張も到底採りえない。

したがって、争点2に関する原告らの主張も採用することはできない。

3  争点3について

南横浜病院において行われた喀痰の塗抹検査の結果は全て陰性であったが、胸部レントゲン検査の結果肺に病巣があることが疑われ、政明の既往症から癌の可能性もあり、ナイアシンテストの結果を得るには時間を要したことを考えると、肺癌と結核、その他の呼吸器疾患とを鑑別するために気管支ファイバースコープ検査を行ったことについて、何ら不適切な点はない。しかも、同検査が行われた平成元年五月一三日以前において、政明の体調等に特別異常があったことはなかったこと、気管支ファイバースコープ検査の手法や所要時間に照らせば、患者に格別の侵襲や負担を与えるものとは考えられないことを考慮すると、政明が高齢であったとはいえ、その適性があったものというべきであり、また、右検査の過程において反回神経を損傷したことを認めるに足る証拠はない。

したがって、争点3に関する原告らの主張も採用することができない。

4  争点4について

前記認定のとおり、政明は、茶と味噌汁をなかなか飲み込まなかったものの、看護婦に促されてこれを嚥下しており、その際苦痛の訴えや表情はなかった。政明が意識不明に陥った後行われた気道吸引によって、気道から水様物が吸引されたものの、固形物の吸引はなかつた。一方、〔証拠略〕によると、政明に対して用いた人工呼吸器のフレックスチューブにナメコ二個及び米粒五、六個が付着していたことが認められる。しかし、人工呼吸器は管を患者の気管支内に挿入し、空気圧を挿入して患者の自発呼吸を触発する器械であって、気管支内から吸引、吸入等をすることはないのであるから、人工呼吸器のチューブにナメコや米粒が付着していたとしても、そのことから右ナメコや米粒が気管支内から吸引されたものであると認めることはできないのであって、これらの事情を併せても、政明の死亡がそもそも誤嚥に基づくものであったと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、仮に政明に生じた急性呼吸不全が誤嚥に起因するものであったとしても、前記認定によると、政明はむせることもあったが、それまで誤嚥を起こしたことはなく、誤嚥を起こすような徴表も見られなかったといえるから、南横浜病院の医師や看護婦が政明の誤嚥を予見することができたものということはできない。

したがって、争点4に関する原告らの主張も採用することができない。

三  結論

以上の認定及び判断の結果によると、原告らの請求は、争点5及び6について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 内藤正之 木目田玲子)

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